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水戸地方裁判所 昭和49年(む)386号 決定

被疑者 菊池正男

主文

原裁判を取消す。

本件勾留請求を却下する。

理由

一、弁護人の本件準抗告申立の趣旨および理由は、別紙(一)「準抗告の申立」と題する書面(写)記載のとおりである。

二、検察官提出の一件記録によると、被疑者は、別紙(二)記載の贈賄の被疑事実により、昭和四九年一一月一四日通常逮捕状により逮捕され、同月一六日、水戸簡易裁判所裁判官寺沼富三は、被疑者が右罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ刑事訴訟法第六〇条第一項第二号、第三号に該当する事由があるとして勾留の裁判をしたことが明らかである(以下これらを本件逮捕、勾留という)。

三、弁護人の所論に鑑み、検察官提出の資料および当裁判所が職権で事実調査をした結果を総合すると、本件逮捕勾留がなされるまでの被疑者に対する捜査の経過は、別紙(三)記載のとおりであることが認められる。そこで判断するに、被疑者に対して当初背任の被疑事実により通常逮捕状の発付を得てから本件逮捕勾留にいたるまでの被疑者の取調状況、令状の発付およびその執行状況、とりわけ本件逮捕勾留の基礎となつた贈賄の被疑事実については、背任の被疑事実による勾留期間中である昭和四九年一一月三日以降数回にわたり詳細な自供調書が作成され、同月五日にはすでに通常逮捕状の発付を受け、これが執行を妨げる特段の事情は何ら見当らないにもかかわらず執行せず、右背任の被疑事実につき、同月八日公訴を提起したのちにおいても、本件贈賄の被疑事実により再度逮捕状の発付を受けて同じようにこれを執行しないで、同月一三日背任の被告事件について保釈許可決定がなされるや、右再度の逮捕状を返戻することなく、翌一四日さらに同一の贈賄被疑事実につきあらたな逮捕状を請求して同日その発布をえたうえ、これを執行したものであり、その間背任による身柄拘束を利用して前記自供調書も作成されていることなどを総合考慮すると、被疑者に対するこれら一連の捜査には、直ちに違法な別件逮捕勾留と断ずる資料は見当らないにしても、別紙(三)ならびに前記記載の被疑者に対する身柄拘束の経緯に鑑み、少くとも本件贈賄の被疑事実の捜査については、刑事訴訟法所定の厳格な時間的制限を潜脱しようとする違法不当な意図、目的も窺われないわけではなく、これら一連の捜査を経たのちになされた本件逮捕勾留には、逮捕勾留のむし返しによる違法の疑いを払拭することができないのであつて、これに加えて、被疑者にはその職業、経歴、家族関係等に照らし、逃亡すると疑うに足りる相当な理由を見い出すことができず、本件贈賄の被疑事実につきすでに詳細かつ全面的に自供し、その旨の供述調書も作成され、発付を受けた逮捕状も前記のように執行されていないものが数通あること、被疑者の身柄拘束はすでに一か月以上の長期にわたつていることなどを考え合わせると、本件贈賄の事案の重大性、罪質、罪状、共犯者の供述内容、身柄拘束の有無等を考慮に入れても、現時点において被疑者を勾留する必要性はないものというべきである。

四、してみると、結局本件準抗告の申立は理由があり、検察官の本件勾留請求は失当であるから、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項により、原裁判を取消したうえ、本件勾留請求を却下することとし、主文のとおり決定する。

別紙(一)(準抗告の申立)(略)

別紙(二)

被疑事実の要旨

被疑者菊池正男は昭和四十四年四月から昭和四十九年七月八日まで常陸太田市北部農業協同組合の組合長として同組合を代表していたものである。

昭和四十九年三月十三日の常陸太田市議会定例会において同議会議員今泉剛から右北部農業協同組合の申請した農地転用問題等に関し同議員の質問権にもとづき質問追及されたため、更に、同年六月に行なわれる同議会定例会において再び質問されれば同組合運営上不利となることをおそれ同議員の質問を中止させることを企て昭和四十九年六月初旬ころ同議会副議長高倉信雄、同議会議員石川正次等と共謀のうえ、右今泉議員に対し今後議会における質問を中止されたい旨の請託をなしその謝礼としてそのころ右高倉信雄および石川正次を介し現金三十万円を供与し、もつて同人の職務に関し贈賄したものである。

別紙(三)(捜査経過)

年月日

被疑者に対する捜査経過

備考

昭和四九年

九・一九

背任の被疑事実により通常逮捕状発付

上記逮捕状は有効期間中未執行により返戻されている。

九・二〇

一〇・六

この間数回にわたり背任の被疑事実により任意出頭取調

一〇・七

業務上横領の被疑事実により通常逮捕状発付

同逮捕状により逮捕

一〇・九

右業務上横領の被疑事実により勾留

一〇・一八

背任の被疑事実により通常逮捕状発付

右業務上横領被疑事件の勾留期間満了による釈放

同逮捕状により逮捕

上記背任の被疑事実は、九・一九逮捕状発付の被疑事実とは別個のものである。

業務上横領の被疑事実については処分保留

一〇・二〇

右背任の被疑事実により勾留

一〇・二九

勾留期間を一〇日間延長

一一・三

本件贈賄の被疑事実につき自供調書作成

一一・四

右同

一一・五

本件贈賄の被疑事実により通常逮捕状発付

上記逮捕状は有効期間中未執行により返戻されている。

一一・八

一〇・一八背任の事実につき公訴提起

本件贈賄の被疑事実につき自供調書作成

一一・一一

背任被告事件につき弁護人より保釈請求

一一・一二

本件贈賄の被疑事実により通常逮捕状発付

同事実につき自供調書作成

一一・五発付の逮捕状の有効期間満了による更新。未執行により一一・一九返戻されている。

一一・一三

背任被告事件につき保釈許可決定

一一・一四

本件贈賄の被疑事実につき通常逮捕状発付

同逮捕状により逮捕

一一・一六

右贈賄の被疑事実により勾留

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